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東京地方裁判所 昭和61年(レ)251号 判決 1987年3月24日

控訴人 亡草野松雄相続財産

右代表者相続財産管理人 北尾哲郎

被控訴人 国家公務員等共済組合連合会

代理人 林茂保 岩井明広

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金三三万七四一七円及びこれに対する昭和五九年一月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠は、控訴人において、次の主張を付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これらを引用する。但し、原判決二枚目表一〇行目から一一行目の「国家公務員等共済組合法」を「国家公務員共済組合法(昭和五八年法律第八二号による改正前のもの。以下同じ。以下「国公組合法」という。)」と改め、同三枚目表九行目の「国家公務員等共済組合法」から同裏九行目の「そして、」までを削り、同五枚目表七行目から八行目の「国家公務員等退職手当法」の後に「等」を加え、同六枚目裏五行目「右判例の」を「本件給付金についても差押え禁止の」と、同七枚目表二行目「国公法」を「国公組合法」とそれぞれ改める。)。

(控訴人の主張)

被告は、国家公務員等退職手当法等に基づく死亡退職金の受給権に関する判例を援用して、本件支払未済の給付金は相続財産を構成しないと主張するが、死亡退職金は、国家公務員等の死亡を原因として発生するものであり、死亡前から確定的に発生していた本件給付金とはその性格を異にするものである。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、左記の点を付加訂正するほかは原判決理由と同一であるから、ここに引用する。

1  原判決七枚目裏六行目の「本件の争点は、」以下、同八枚目一〇行目の「ところ、」までを削り、同行目の「亡松雄の」の後に「国公組合法二条一項三号所定の」を加えた上、同行目から同一一行目の「(右規定にいう」以下、同裏一行目の「いたもの)」までを、同行目の「四五条によれば、」以下、同八行目の「国公組合法」までをそれぞれ削る。

2  同一一行目の「四九条は、」以下、同九枚目裏九行目「そうであれば、」までを「四五条・四三条・四四条・二条一項三号・同項二号は、同法に基づく給付を受ける権利を有する者が死亡した場合について、支払未済の給付の受給権者の範囲及び順序を定めているところ、右規定によると、支払未済の給付を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であつて、配偶者があるときは子は全く給付を受けないこと、直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となり、嫡出子と非嫡出子が平等に扱われ、父母や養父母については養方が実方に優先すること、死亡した者の配偶者、子、父母、孫又は祖父母であつても、主として死亡した者の収入によつて生計を維持していたか否かにより順位に差異を生ずること、支給すべき遺族がないときに初めて死亡した者の相続人が受給権者となることなど、受給権者の範囲及び順位につき民法所定の相続人の順位決定の原則とは著しく異なつた定め方がされているのである。そして、これに、国公組合法一条が国家公務員の遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを同法の目的の一つとして掲げていること及び同法四九条が同法に基づく受給権の譲渡・差押え等を禁止していることを合わせ考えれば、同法四五条は、死亡した国家公務員の収入に依拠していた遺族の生活保障を主たる目的とし、これに副次的に相続的要素を加味して、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族又は相続人は、民法八九六条によつてではなく、国公組合法四五条によつて直接これを自己固有の権利として取得するものと解すべきである(最高裁昭和五四年(オ)第一二九八号、同五五年一一月二七日第一小法廷判決、民集三四巻六号八一五頁参照)。そうすると、右支払未済の給付の受給権は相続財産に属さず、」と改める。

3  同一〇枚目表二行目の「原告は、」以下、同六行目「ものとすれば、」までを「原告は、本件未払退職年金受給権が相続財産に属し、相続財産法人に承継取得されると主張するが、そのように解すると、」と改め、同七行目の「あるから、」の後に「本件未払退職年金が」を加え、同一一行目の「前掲被告主張の」を削り、同裏二行目から三行目の「相続債権者に給付金を取得される」を「相続債権者が給付金を取得する」と改める。

二  よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤和夫 佃浩一 鹿子木康)

【参考】第一審(東京簡裁昭和六〇年(ハ)第五号 昭和六一年一一月二六日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

被告は、原告に対し、金三三万七四一七円及びこれに対する昭和五九年一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 訴外草野松雄(以下「亡松雄」という。)は、昭和五九年一月九日死亡した。

2 亡松雄は、死亡当時被告に対し、国家公務員等共済組合法に基づく退職年金三三万七四一七円の受給権を有していた。

3 亡松雄の相続人は、すべてその相続権を放棄したので、右相続人は不存在となり、亡松雄の相続財産は法人となつた。この法人が原告であり、亡松雄の前記未払退職年金受給権を承継取得した。

4 よつて、原告は、被告に対し、前記未払退職年金受給権に基づいて、退職年金三三万七四一七円及びこれに対する亡松雄の死亡の日の翌日である昭和五九年一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

請求原因第1項の事実は認める。

同第2項の事実は、金額を除いて認める。

亡松雄に対する未払退職年金額は金三一万九四一七円である。

同第3項中、亡松雄の相続人がすべて相続権を放棄した事実は認める。

同第4項は争う。

三 被告の主張の要旨

1 国家公務員等共済組合法(以下「国公組合法」という。)は、その目的として「国家公務員等の病気、負傷、出産、休業、災害、退職、障害若しくは死亡又はその被扶養者の病気、負傷、出産、死亡若しくは災害に関して適切な給付を行うため、相互救済を目的とする共済組合の制度を設け、その行うこれらの給付及び福祉事業に関して必要な事項を定め、もつて国家公務員等及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するとともに、当該国家公務員等の職務の能率的運営に資することを目的とする。」と規定している(同法一条一項)。

そして、国公組合法の定める各種の長期給付は、職員が相当年数忠実に勤務して退職した場合等において、公務員の退職又は死亡の時の条件を考慮して、同人若しくはその退職又は死亡当時直接扶養する者のその後における適当な生活の維持を保障することを主たる目的として支給されるものである。

なお、支払未済の給付の受給者の特例として、同法は、受給権者が死亡した場合、支払未済の給付はその者の遺族―遺族の順位は配偶者、子、父母、孫及び祖父母の順序―に支給し、支給すべき遺族のないときは、死亡者の相続人に支給する旨規定する(同法四五条、四三条)。

2 右1で述べたような国公組合法の掲げる目的を実効あらしめるために、同法は同法に基づき給付を受ける権利の譲渡や差押え等を禁止して右受給権を保護している(同法四九条)。

原告が主張するように、亡松雄の未払退職年金受給権を原告が承継取得するならば、その給付をもつて相続債権者の債権に対する弁済に充てられることとなり、前記譲渡・差押え禁止規定を潜脱することとなるが、これは同規定の趣旨に照らして許されない。

同法四五条の受給権者の有する権利は、同人固有の権利であつて、遺族、相続人欠缺の場合に右権利が相続財産を構成することはありえない。

3 右国公組合法所定の譲渡・差押え禁止規定と同旨の規定がある恩給法に基づく恩給権について、判例は遺族等が固有の権利を有する旨判示し(大判昭和一〇・六・六民集一四・一二四五)、先例は相続人につき民法所定の相続人に限定し、相続財産管理人に恩給未給与金を支給することは許されない旨裁定し(昭和一四年第六八五号裁定例)、支払未済金が相続財産を構成することを否定している。また、国家公務員等退職手当法に基づく死亡退職金の受給権について、判例は、これが相続財産に属さず遺族固有の権利である旨判示している(最判昭和五五・一一・二七判時九九一・六九ほか)。

本訴請求も右判例、先例と同旨の理由によつて失当というべきである。

四 原告の主張の要旨

1 国公組合法四五条は、受給権者が死亡した場合に、支払未済の給付があるときは、受給権の遺族に、これを支給し、支給すべき遺族がないときは、受給権者の相続人に支給する旨規定しているが、右の趣旨は、受給権者の収入によつて生計を維持して来た遺族の生活の資とするよう社会政策的配慮をすると共に、遺族が存在しない場合には、被相続人たる受給者の有していた権利の最終的帰属者である相続人に支給することとして民事法上の処理をすることにあると考えられる。

同法条が二次的にせよ相続人に支給する旨規定したのは、被相続人の財産に属した一切の権利義務が相続人に承継される(民法八九六条)との規定を前提としているからに外ならない。

すなわち、同法条が支払未済の給付を相続人に対して支給する場合があることを規定している以上、受給権が死亡受給権者の一身専属権ではないことを示しているものであり、また、相続という法理を前提としていることも明らかである。

そうであれば、亡松雄が死亡当時有していた本件給付金の受給権は、当然に相続財産を構成するものである。

2 被告は、恩給法に関する判例を援用して、国公組合法四九条の受給権の譲渡・差押え禁止規定を根拠に、右判例の効力が及ぶ旨主張するが、本件は、譲渡・差押えの問題ではなく、亡松雄の相続財産を構成するか否かが論点であり、右判例の判示と次元を異にするものである。

また、右判例と共に相続財産管理人は相続人に該当しない旨の先例を根拠にして、本件給付金が亡松雄の相続財産を構成しないと主張するが、右先例は行政部内における取扱いの先例であつて法的効力を有しない。

なお、国公法四九条の譲渡・差押え禁止規定は、そのただし書きで例外を規定しており、絶対的禁止とはいえない。

仮に、本件請求が認められないとすれば、被告はその支払を免れ、一度支給を決定した給付金を不当に利得する結果となり、是認できない。

第三証拠 <略>

理由

一 亡松雄が昭和五九年一月九日死亡したこと、同人は死亡当時において被告に対し退職年金の未払分につき受給権を有していたこと(金額の点を除く。)、亡松雄の相続人らがすべてその相続権を放棄し、相続人が存在しないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二 そうしてみると、本件の争点は、原・被告双方がそれぞれ主張する亡松雄の未払退職年金額に差異がある以外には、国公組合法四五条の解釈、適用にあるということができる。

国公組合法四五条は「受給権者が死亡した場合において、その者が支給を受けることが出来た給付でその支払を受けなかつたものがあるときは、前二条の規定に準じて、これをその者の遺族(弔慰金又は遺族共済年金についてはこれらの給付に係る組合員であつた者の他の遺族)に支給し、支給すべき遺族がないときは、当該死亡した者の相続人に支給する。」と規定する。

右法条は、支払未済の給付の受給者として、まず受給権者の遺族を掲げ、遺族の定義として同法二条一項三号は「組合員又は組合員であつた者の配偶者、子、父母、孫及び祖父母で、組合員又は組合員であつた者の死亡の当時その者によつて生計を維持していたものをいう。」と規定するところ、本件においては、亡松雄の遺族に該当するもの(右規定にいう身分関係者で亡松雄によつて生計を維持していたもの)が存在するとの主張がないため、同法四五条によれば、支給すべき遺族がないときは当該死亡者すなわち亡松雄の相続人に支給すべきこととなるが、弁論の全趣旨によれば、亡松雄には同人の死亡当時複数の相続人が存在したことが認められるけれども、当事者間に争いがない事実としては右相続人らがすべて相続を放棄して相続人は一人もいなくなつたというのである。

そうすると、国公組合法四五条による亡松雄の未払退職年金の受給権者は一人も存在しないということになるが、このような場合について同法は明文の規定を設けていない。

三 ところで、国公組合法四九条は、同法に基づく受給権の譲渡・差押え等を禁止する旨の規定を設けて、右受給権を保護しているのであるが、公務員及びその遺族の恩給を受ける権利について定める恩給法は、本件国公組合法と趣旨を同じくする法律と解せられるところ、恩給法一〇条は「恩給権者死亡したるときはその生存中の恩給にして給与を受けざりしものはこれを当該公務員の遺族に支給し、遺族なきときは死亡者の相続人に給す。」と規定し、同法一一条一項、三項において受給権の譲渡、差押え等を禁止する旨の規定を設けて、右受給権を保護している。

この点に関し、前掲原告主張の大審院判例は、「死亡したる恩給権者の相続人が恩給の支給を受ける権利はこれを差し押さえることを得ない。」旨判示しているが、右判示によれば、受給権者となつた相続人の受給権の譲渡もなし得ないものと解することができ、したがつて恩給の受給権は遺族又は相続人固有の権利であると解するのが相当である。

これを、国公組合法についてみれば、同法四五条、四九条の解釈に当たり、恩給法の解釈と同様に、受給権者の遺族又は相続人の有する受給権はその者固有の権利と解するのが相当である。

そうであれば、本件において、亡松雄の相続人が不存在となつて、その財産が相続財産法人を構成しても、右法人は本件未払退職年金受給権を承継取得することはできないものというべきである。

四 原告は、本件は亡松雄の未払退職年金に対する譲渡、差押え等の問題ではなく、それが亡松雄の相続財産を構成するか否かの問題であると主張するが、仮に、原告が主張するように相続財産を構成し、相続財産法人に承継取得されるものとすれば、右法人の目的は、相続財産の管理及び清算のために存するのであるから、相続債権者が有する債権の弁済に充当される結果となることは明らかであり、国公組合法が遺族又は相続人の受給権を保護する目的で譲渡、差押え等を禁止する旨の規定を設置した趣旨に反する結果となり、また、前掲被告主張の同法一条がその目的として掲げている国家公務員又はその退職者、その遺族等の生活の安定、維持等を保障することを逸脱して、相続債権者に給付金を取得される結果を生ずることとなつて、同法の右目的の趣旨に反することは明らかというべきであるから、原告の右主張は採ることができない。

また、原告は、国公組合法が相続人に支給する旨を規定して相続の法理を導入しているから、相続人がない場合には被相続人の財産は当然相続財産を構成する旨主張するが、一般私法上の権利については格別、本件給付金については前記判断のとおり国公組合法の趣旨からみて原告の見解を是認することができない。

更に、原告は、国公組合法四九条本文の譲渡、差押え等禁止の規定は、同条のただし書きにおいて例外を定めているから絶対的禁止の趣旨ではないというが、右ただし書きは、その趣旨から制限的に定められているものと解することができ、その場合に限つて例外とされているものであつて、その他の場合においてはすべて同条本文の禁止の対象となるものであり、原告の見解に同調できない。

なお、原告は、本訴請求が排斥されれば、被告は不当に利得する旨主張するが、亡松雄の遺族又は相続人からの請求がない以上、被告としては、本件未払退職年金を支給すべき義務がなく、結果として利得することとなつても、不当に利得するものではないというべきである。

五 以上によれば、原告の請求は、未払退職年金額について判断するまでもなくその理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村幸男)

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